戸島國雄(似顔絵捜査)の経歴がスゴイ!扱った事件が重要ばかり!【逆転人生】

テレビの事件の捜査で似顔絵から犯人を捜す場面というのを見たことがあると思いますが、その元祖の人と言えば、戸島國雄さんです。

似顔絵で数々の事件を扱ったそうですが、4歳児の証言からも似顔絵を描いて犯人を捕まえることに一役かったとか。すごいですね。

NHKの逆転人生の番組に3月2日に放送。

先人が道を開いていく人生をみると勇気がわきますね。

この戸島國雄さんの経歴プロフィールを調べてみました!

スポンサーリンク

戸島國雄(似顔絵捜査)の経歴

 

 

 

  • 氏名:戸島國雄(とじま・くにお)
  • 生年月日:1941年1月1日
  • 出身地:山口県生まれ 
  • 警視総監賞部長賞等107回受賞。
  • 著書:似顔絵捜査官001号

生年月日が1月1日という、オメデタイ誕生日ですね。

珍しいと感じる人も多いと思いますが、この年代では案外1月1日の誕生日の方はなぜか多いのです。不思議。

さて、戸島圀雄さんですが、1960年に自衛隊に入隊し、習志野第1空挺団(24期)所属しました。

1963年に警視庁に入庁し、1965年に警視庁巡査になります。

1970年に警視庁刑事部鑑識課現場写真係になり、ここから活躍します。

戸島さんのインタビューがありました。

扱った主な事件

  • 三島由紀夫割腹事件
  • 三菱重工爆破事件
  • ホテル・ニュージャパン火災
  • 日航123便墜落事故
  • オウム真理教関連事件

若い方は、あまり知らない事件かもしれませんが、50代以上のかたには衝撃的な事件が沢山ありますよね。

その後、1995年には、JICA(国際協力機構)という発展途上国に支援する国の機関からタイ内務省警察局科学捜査部へ行き捜査の指導を行います。

1998年に日本へ帰ってきます。

警視庁似顔絵捜査官の第一号として警視総監より承ります。

2001年の60歳で警視庁を定年退職となります。

2002年の3月に、再度、JICA国際協力機構からタイへでシニアボランティアとして登録し、活躍。

タイから警察大佐の任務を授かります。

二年後の2004年12月の大地震、スマトラ島沖地震のときの大津波発生の直後に、被災地に行きます。

遺族の方のために、遺体の身元確認に全力を注ぐことを続け、2011年7月に日本に帰ってきました。

その後、その経歴から各方面で引っ張りだこで、テレビやラジオにも出演し、著書も発売しています。

そんな戸島さんにには家族がいるのでしょうか?

妻は看護師さんだった

戸島さんは、ご結婚されて奥様との間に2人の息子さんがおられます。
奥様のお名前は、寿子さんで看護師長を務めてられていました。
ところが、寿子さんと二人の息子さんと楽しく暮らしていたときに奥さんの病気が見つかります。
その後、看病もむなしく、1994年の3月に53歳の若さで白血病で亡くなります。
その寂しさを紛らわすために、気分転換のためにドライブしていたときに、立ち寄った山梨県の旧上九一色村。
そこで写真を撮ったときから、戸島さんの運命は変わっていったのかもしれません。
サリン事件の前日に、ほかの警部補と一緒に上九一色村の航空撮影を行ったそうです。
その時に撮影したものが事件の捜査に役立ったそうです。
なんとも不思議なつながりがあるようですね。
タイトルとURLをコピーしました