町田そのこ(クジラ)の出身高校大学と経歴は?離婚してシングルマザー?

町田そのこ(クジラ)の出身高校大学と経歴は?離婚してシングルマザー?
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2021年の本屋大賞は「52ヘルツのクジラたち」に決まりましたね。

「52ヘルツのクジラたち」を書いたのは町田そのこさん。

町田そのこさんのお顔を拝見すると頭が良さそうな雰囲気が感じられます。

そこで、町田そのこさんの出身高校や大学と経歴プロフィールが気になってきました。

また、町田そのこさんは、ご結婚されているのか?子供さんはいらっしゃるのか?など色々と気になってきました。

町田そのこさんの出身高校や大学、経歴とご結婚されて子供はいるのか?をまとめてみました。

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町田そのこの出身高校や大学(学歴)は?

2021年の本屋大賞に選ばれた時の町田そのこさんの映像です。

町田そのこさんは、動画の32分ごろに発表されています。

町田そのこさんは、福岡県出身だということですが、高校はどこなのでしょうか?

町田そのこさんが在籍した高校を探してみましたが、わかりませんでした。

ただ、高校を卒業後に大学へは進学せずに、北九州市立高等理容美容学校に進学されています。

北九州市立高等理容美容学校は、その名ととおり理容師や美容師を育成する専門学校です。

町田そのこさんは、理容師か美容師を目指していたと思われます。

現在、町田そのこさんが通っていた北九州市立高等理容美容学校は、202年から九州CTB専門学校として新しく生まれ変わります。

九州CTB専門学校は、2年間学び、入学金は1年間100万円となっています。

町田そのこさんは、その後、理容師や菓子店で働いた経歴があります。

理容師として働いたということは、美容師ではなくて理容師の免許を取ったということだと思われます。

理容師は、顔をそることができる特殊な技能が必要です。

美容師を選ばす、理容師を選んだのは母親から手に職をつけたほうがいいといわれたからだそうです。

また、理容室と菓子店は、どこのお店なのかはわかっていませんが、行橋市の菓子店で働いていたようです。

専門学校の所在地が福岡県北九州市なので、町田そのこさんが通われていた高校も福岡県だと思われます。

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町田そのこさんの経歴は?

町田そのこさんの経歴を調べてみました。

  • 氏名:町田そのこ(まちだそのこ)
  • 出身:福岡県京都郡
  • 居住:京都郡
  • 生年月日:1980年3月9日(41歳)
  • 学歴:北九州市立高等理容美容学校卒業
  • 家族:娘、息子
  • 尊敬する作家:氷室冴子、三浦しをん、辻村深月、凪良ゆう、桜木紫乃

北九州市立高等理容美容学校を卒業後すぐに理容店と菓子店に勤めました。

ただ、東京に上京せずに故郷でくらしているようなので、今も福岡県京都群辺りにお住まいと思われます。

若いころは、都会にあこがれたこともあったようですが、いまは、都会に行くと疲れるときがあるようです。

都会を書く作家は多くいますが、自分の故郷を書く作家はいないので、故郷を舞台にして小説を書きたいという思いからも故郷にとどまるきっかけになっているとか。

その故郷を描いた小説は「コンビニ兄弟-テンダネス門司港こがね村店」。

九州のみで展開しているコンビニ店「門司港こがね村店」で働くパート店員の日常を心温まる物語を描いた小説です。

町田そのこさんは、28歳の時に長女を生み、その後長男と2人の子供に恵まれています。

旦那さんとは、小説を書いているときに、お互いの気持ちがすれ違ってきたことを感じて離婚を選びます。

町田そのこさんのご実家は、厳しい家庭だったので大反対されたようです。

しかし、決心は固く、離婚を選びました。

はじめは、反対していたご両親も、いまでは本屋に町田そのこさんの本が並ぶことが楽しみだそうです。

町田そのこさんが用事があるときは、子供さんを預かってくれるときもあると協力的なご両親だそうですね。

二人を育てながら小説を書くことを選んだ町田そのこさん。

その町田そのこさんの生い立ちや作家になるきっかけを調べてみました。

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町田そのこの生い立ちは?作家になるきっかけは?

町田そのこさんの、理容師から作家になったきっかけが何だったのかと気になりました。

町田さんは、10歳の小学校5年生のころに、クラスでいじめにあっていたそうです。

いまの町田そのこさんからは想像がつきませんが、自分にコンプレックスがあったようです。

友達もいないクラスで毎日つらい日々を送っていました。

そのころに、本好きな母親から勧められた氷室冴子さんの「クララ白書」を読んで、その本の世界に入ることでつらい日々を乗り越えた時代がありました。

氷室冴子さんの小説は、自分の運命を受け入れながら自分の足で立つことができる前向きなキラキラした主人公が出てきます。

その物語を読んで、このままでは、ダメだこの状況を変えるのは自分だ頑張ろうと強く思ったそうです。

この時のつらい日々を日記に書いて、それをみた母親が学校に相談したことでいじめが解消されたそうです。

町田そのこさんの母親やいじめをストップされた先生方など周りの大人が親身になってくれる環境で良かったですね。

そんなつらい日々を癒してくれた氷室冴子さんと本との出会い。

自分も氷室冴子さんのように、誰かの力になりたいと思ったそうです。

それから自分でも小説を書くようになります。

高校生の頃は、友達に頼まれて演劇部の台本を書きあげたりと本をかくことに没頭していたようです。

しかし、自分が小説家になるというイメージがなかなかつかなかったのか、母親にすすめられるまま手に職をつけるために理容美容専門学校へいきます。

専業主婦の母親は、女性も手に職をつけることを望んでいたようですね。

実北九州市立高等理容美容学校のころは、理容師としての技術を習得する日々を送るだけで精一杯の生活。

だんだんと小説から遠ざかっていきます。

手に職をつけるために理容師を選んだ町田そのこさんは、不器用さから理容師が合わないと思っていたようです。

卒業後に、理容師として働くものの、菓子店で働くなどと続かない日々。

そして、結婚と出産を経験します。

そんな生活に疑問をもちつつも忙しい日々を送っていた2008年の6月に尊敬する氷室冴子さんが51歳という若さで亡くなってしまいます。

いままで、自分は何をしていたのだろう?と思い直し、それから精力的に小説を書くことを決心。

その後、離婚をしてシングルマザーとして働きながらも、携帯小説を書き続けます。

主に、家事の合間に書いていましたが、小説を書くことに集中しすぎて洗濯物を干すことを忘れてしまったり、解凍肉を放置してしまったりといった失敗もあったようです。

家の中はすごいと言っていました。(笑)

やはり、集中の度合いがすごいですね。

何事も集中力がある方は、成功する要素を持っているのですね。

小説を書く時間は、朝の8時から6時までと決めているそうです。

その後、食事をつくり、すきなワインなどをたしなむ生活だそうです。

携帯小説を書き続けていて、2016年に「女による女のためのR-18文学賞」大賞を「カメルーンの青い魚」という小説で受賞します。

2017年には、「カメルーンの青い魚」も入った連作短編集の「夜空に泳ぐチョコレートグラミー」で作家として正式にデビューすることになりました。

そして、2021年に本屋大賞という大きな賞が町田そのこさんの「52ヘルツのクジラたち」に決まりました。

小学校のころに出会った、キラキラした世界を与えてくれた氷室冴子さん。

氷室冴子さんのようになりたいと、忙しい中でも小説を書いて大きな賞をとった町田そのこさんは、本当に小説がすきなんだなと改めておもいました。

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町田そのこさんの学歴や経歴プロフィールのまとめ

2021年度の本屋大賞を受賞された町田そのこさんの出身や学歴、経歴プロフィールを最後に簡単にまとめます。

・小学5年生の時にいじめにあったときに氷室冴子さんの本で救われる
・高校時代に精力的に物語を書くようになる。
・北九州市立高等理容美容学校卒業して理容師として働く
・菓子店など職場を転々とする。
・氷室冴子さんが亡くなったことで小説家として目覚める。
・離婚を経験し、子供を育てながら小説家になる。
・現在も故郷の福岡で住んでいる。

町田そのこさんは、子供さんが小さいころにどんなに忙しい時でも、小説を書くことを辞めずに続けたという精神力の持ち主ということが分かりました。

町田そのこさんのバイタリティーを身に着けたいですね。

「52ヘルツのクジラたち」を読んでみようと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

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