増田登(八代亜紀の夫)陶芸家の経歴と年齢は?逆プロポーズのエピソード!

今も昔も変わらない歌声の八代亜紀さん。

先日、徹子の部屋で50周年を迎えたと言っていましたが、お若いですね。

なんと、今年で古希になられるとか。

そのときに、旦那様のお話がでたので、八代亜紀さんの旦那様について調べてみました!

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八代亜紀さんの夫の増田登さんの経歴と年齢は?

八代亜紀さんの夫の増田登さんは、現在は陶芸家として活躍しています。

  • 氏名:増田登(ますだ まさと?)
  • 年齢:1955年生まれ 64か65歳
  • 出身:東京
  • 趣味:読書
  • 経歴:歌手⇒八代亜紀元マネージャー⇒事務所社長兼陶芸家

増田登さんの名前は、「ますだのぼる」だと思っていたのですが、徹子の部屋で八代亜紀さんは、「まさと」と言っていたので、「ますだまさと」さんのようです。

増田登さんは、八代亜紀さんの5歳年下。

八代亜紀さん1950年8月29日生まれなので、1955年に誕生しています。

八代亜紀さんが40代のときに結婚されました。

増田登さんは、備前焼という手法で生活につかう茶碗や皿、急須などや立派な花瓶など様々な作品を作られています。

また、目黒のミリオンアートギャラリーという増田登さんと八代亜紀さんの作品が見られる場所では、陶芸教室も開催されています。

〒152-0023 東京都目黒区八雲3-11-2 ミリオンビル1F
電話番号:03-5731-8696

 

陶芸家という経歴のほかは、八代亜紀さんの事務所の社長を務められています。八代亜紀さんの事務所はミリオンアートという名前で個人事務所になっています。

その前は、八代亜紀さんのマネージャーを長年されていました。

マネージャーの前は、歌手をされていたようで、八代亜紀さんとデュエットの曲がみつかりました。

一度聞いてみたい気もします^^

 

歌手として頑張っていたようですが、その後は八代亜紀さんのマネージャーになったようです。

残念ながら、それより前の経歴や学歴は分かりませんでしたが、幼いころから自然に触れる機会が多くあったことから陶芸に興味を持ったようです。

プロポーズはどっちから?その言葉は?

徹子の部屋で八代亜紀さんが、増田登さんと結婚したときの話をしていました。

八代亜紀さんのお父さんが、「まさとくんみたいな面倒を見てくれる人がそばにいるといいよ。」「まさとくんだったら安心して死ねるよ。」などと言っていたそうです。

その1~2年後に最愛のお父さんが亡くなりました。

その時に、増田登さんが、「ほかの女の人と結婚しますから、仕事は支えますが、生活の面倒はみません。」と八代亜紀さんの夢で言ったんだそうです。

あくまでも夢なのですが、その衝撃はすごかったみたいで、八代亜紀さんは、夜中にもかかわらず、すぐに増田登さんに電話しました。

そしたら、「どこにもいきませんよ。仕事もあるので早く寝なさい。」と言ったそうです。

次の日に、八代亜紀さんは、増田登さんに「結婚してあげてもいいよ。」と逆プロポーズ!

返事は、「ダメ!

大スターだから他に釣り合う人がいるよ。」という言葉だったそうですが、それでも八代亜紀さんは「結婚してもいいよ。」と言い続けました。

結婚してもいいよ。ってなんだか、照れているような感じがして可愛いですね。

1年後にようやく、「結婚しましょう。」という返事をもらったそうです。

八代亜紀さんも増田登さんも誠実な方ですね。

結婚式は、ハワイでスタッフと親戚のみで行ったそうです。

が、ファンのトラック運転手さんたちが集結して「祝」という文字をトラックで作ってお祝いしたそうです。

しかも、その様子をヘリコプターで撮影してハワイの八代亜紀さんの元へ送ってくれたとか。

今の時代ではそれほど難しくはないかもしれませんが、当時はとても大変でお金がかかったように思われます。

それほどファンの方も喜んでいたようですね。

トラック運転手の方々に八代亜紀さんの名曲「舟唄」は心にしみる歌なのでしょう。

徹子の部屋でも歌っていましたが、いい曲です。

もともと、美空ひばりさん用に作った曲だったようですが、八代亜紀さんが歌うことになって大ヒットした曲だそうです。

美空ひばりさんが「亜紀ちゃんに合うわね。」と言ったそうなので懐の深さを感じました。

二人の生活は?

今回の徹子の部屋で八代亜紀さんは、「まさとくんはおじさんになってしまった。」と言っていました。

身体のあちこちが痛いと言っているそうです。

陶芸の仕事はハードに思えるので身体は酷使しているのでしょうか。

そんな増田登さんは、毎日八代亜紀さんにマッサージをしたり、食事を作ってくれるそうです。

事務所の社長でもありマネージャーでもある存在なのですね。

前回の徹子の部屋では、二人とも照れ屋さんで、手をつなぐことなどはしないと言っていました。

食事をするときはスタッフみんなと一緒にたべるので、二人っきりで食べたことがないとも言っていました。

相当照れ屋さんなのでしょうか。

夫婦円満の秘訣は、お互いを立ち入らないことで、どこへ行った何してたなどは言わない。

「お帰り、いたの?というかんじ」

と言っていました。親しき中にも礼儀ありということを守っているんですね。

結婚するまでは八代亜紀さんは、社長もして責任が重いので壊れそうになっていたそうです。

好きな絵をかいてはいけないとも言われていてつらかったときに、「全部背負う」といってくれたそうです。

いまでも何でもしてくれる増田登さんに愛を感じますね。

八代亜紀さんの簡単な経歴

熊本県八代市生まれで、子供のころからハスキーボイス。

童謡を歌うと先生に叱られるほどだったそうです。今の時代だったら考えられませんが、昔はこんなことがあったのですね。

父親は、浪曲が上手で、浪曲家の広沢虎造さんと全く同じ声だったそうです。

そんなお父さんは三回我慢するが、急にちゃぶ台がひっくりかえすような厳格な方でした。

お母さんは、料理を近所に分けるような人で、多めに作って余ったから持って行ってというような心づかいがある人だったそうです。

とても働き者だったそうです。

 

 

 

 

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