高木翔斗(県岐阜商)の出身中学と小学校は?家族構成(両親や兄弟)が気になる!

高木翔斗(県岐阜商)の出身中学と小学校は?家族構成(両親や兄弟)が気になる!
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2021夏の甲子園に出場を決めた県岐阜商。

その中でも中心選手として活躍しているのが、捕手で4番バッター、チームの主将を務める高木翔斗選手です。

プロ野球界も注目している選手の一人です。

そんな高木翔斗選手(県岐阜商)の出身中学や小学校のときはどんな選手だったのでしょうか。

また、両親や兄弟などの家族構成が気になります!

そこで今回は、高木翔斗選手(県岐阜商)の出身中学や小学校のときのエピソードや、両親や兄弟などの家族構成についても調べてみました。

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高木翔斗(県岐阜商)の身長体重プロフィール

まずは高木翔斗選手のプロフィールを見てみましょう。

  •  高木翔斗(たかき しょうと)選手
  •  生年月日:2003年8月12日
  •  出身地:岐阜県
  •  身長:186cm
  •  体重:85kg
  •  ポジション:捕手(右投右打)

がっちりとした恵まれた体型で、しっかり鍛えられているのがわかりますね!

県岐阜商は岐阜県の古豪とよばれるのにふさわしい名門校ですが、高木選手は県岐阜商入学直後の春大会からベンチ入りしていた逸材です!

1年秋からはキャッチャーのレギュラーを獲得し、5番バッターをも任されています。

1年秋の公式戦ではチームトップの16打点を挙げる活躍をし、岐阜県大会優勝、東海大会準優勝に貢献しました。

2年春選抜出場が決まっていましたが、新型コロナウイルスの影響で試合は中止。

2年夏の岐阜県代替大会は校内でクラスターが起きたため出場辞退をせざるを得えませんでした。

しかし2年夏の甲子園交流試合からは4番・キャッチャーとして出場し、敗れたもののレフト前ヒット1本と盗塁補殺を1つ記録しました。

高木選手は高校2年秋から主将としてもチームをまとめ、秋季岐阜県大会では優勝を達成しています。

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高木翔斗(県岐阜商)の出身中学と小学校は?

では、高木選手の出身中学・小学校はどこなのでしょうか。

小学校は小垂井町立府中小学校、中学校は小垂井町立北中学校と、地元の小学中学校に通っていました。

小学校時代は、小学校野球の軟式野球チームの伊吹クラブに所属。

投手兼内野手としてプレーしていました。当時から才能を発揮し、小学6年のときには中日ドラゴンズジュニアに選出され、ジュニアトーナメント優勝を果たしています。

その当時のドラゴンズジュニアには、現在強豪校で活躍している大阪桐蔭の宮下隼輔選手や横浜高校の立花祥希選手らがおり、かなりレベルの高いチームだったことがわかります!

中学からは岐阜フェニックスベースボールクラブに入団。

中学3年生のときには岐阜県代表として全国中学生都道府県対抗野球大会に出場しています。

結果は悔しくも一次リーグ敗退となりましたが、高木選手はホームランを放つなど、持ち前のバッティング力を発揮し注目を集めました。

多くの甲子園常連校から誘いがあった高木選手ですが、鍛治舎監督が県岐阜商の監督になるという話を聞き、同学への進学を決めました!

見出し:高木翔斗の県岐阜商の野球の戦線は?

県岐阜商はここ数年低迷しており、その実態を立て直すべく抜擢されたのが県岐阜商OBでもある鍛治舎巧監督です。

鍛治舎監督は2018年3月から県岐阜商の監督に就任し、その前はパナソニックの枚方ボーイズや熊本県の秀岳館高と、アマチュア野球のあらゆるカテゴリー実績を残しています。

鍛治舎監督の率いる県岐阜商は、一度チームをつくり上げることを目的に昨年12月から1月にかけて8日間キャンプをしました。

1日も休まずに打ち込み、守備・体幹トレーニングなどを中心にみっちり練習。とくに投手陣は1日150球を目標に投げ込み、心身ともに鍛えました。

その努力の結果として、投手陣の中から140キロ超えが4人も出て、層が厚くなっています。投手と捕手がしっかりコミュニケーションを取り、しっかり観察してフルスイングさせない配球を心がけているそうです!

鍛治舎監督は “体が強いし、ケガもない。性格も素直で、飲み込みも早く将来性があります。

大舞台にも強く、これからどこまで伸びるのか本当に楽しみです” と語ってあります。

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高木翔斗の家族構成の父親と母親や兄弟は?

高木選手の家族を調べてみましたが、一般の方のようでほぼ情報はなく、兄弟がいるかなどもわかりませんでした。

ですが、お父さんも野球をやっていたということはわかっています。

高木選手は以前「父は、最後の夏にベンチ入りできなかったのが悔しくて、その分を僕に託してくれました。

父のおかげで今の自分があります。」というコメントを残しています。

高木選手の「翔斗(しょうと)」という名前も、お父さんが野球のポジションの「ショート」をイメージしてつけたそうです。

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高木翔斗の出身中学と小学校は?家族構成(両親や兄弟)のまとめ

今回は高木翔斗選手(県岐阜商)について調べ、以下のことがわかりました。

  • 岐阜県出身であり、小学校から野球を始めた。
  • 小学校時代は中日ドラゴンズジュニアに選出されたり、中学生のときには岐阜県代表として全国中学生都道府県対抗野球大会に出場したりと成果を残している!
  • 高校は鍛治舎巧監督の元で野球がしたいと思い、県岐阜商へ進学。
  • 父親も野球をしており、高木選手の「翔斗」という名前は父親がポジションの「ショート」をイメージして名付けられた。

小さい頃から厳しい環境の中で野球をしてきたことがわかりました。

4番・捕手としても主将としても、チームをまとめる高木選手が甲子園でも活躍することを応援しています!頑張ってください!

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